River in the Morning

川面にたちこめる朝靄。色が失せ、グレイに染まる風景。 心の原風景のひとつ。そんなものに、私はなりたい。

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いじめ

テーマトーク第四回目。今回は、いじめについてです。
授業でやった内容を自分の確認のためにまとめて、さらに自分の考えも足してあります。


まず、質問です。

問1;皆さんは、誰かをいじめてしまったことがありますか。

問2;今まで生きてきた中で、いじめを見たことorいじめに気付いたことはありますか。


いじめというのは、文部科学省の定義によれば、
①自分より弱い者に対して一方的に
②身体的・心理的攻撃を継続的に加え
③相手が深刻な苦痛を感じているもの
だそうです。

さらに、「いじめか否かの判断は、いじめられた子どもの立場に立って行う」ようになっています。

ただし、この「自分より弱いもの」というのは、「部分的」なものでも当てはまります。
自分より足が遅いとか、容貌が良くないとか、勉強が出来ないとか、そういったことが一つでもあり、それによって優越感を持とうとする行為がいじめになっているのです。

いじめの顕著な例をあげてみます。

ひとつめは暴力。殴る蹴るといった肉体的直接的な攻撃を加えることがあります。痣などが出来るため、わりあい追求はしやすいのではないでしょうか。
「プロレスごっこ」も、やられている側が身体的心理的苦痛を感じていると、「いじめ」にカテゴライズされます。「ふざけているだけ」「遊んでいるだけ」という認識の加害者もありえますので、一方的な攻撃が行われていないか注意する必要があります。

ふたつめは悪口。口撃ですね。こちらは心理的に直接的なダメージを与えることになります。本人の気にしていることを言ったり、罵倒したり、怒鳴ったり。手は出さなくても言葉の剣で滅多刺しです。
最近はインターネット上での誹謗中傷が増え、ネットでのマナーが問題視されてもいます。

みっつめは物を隠す。体操着や靴などを隠し、困っているのをみて楽しがります。ゴミ箱や掃除用具入れ、側溝などに隠されていることもあります。隠された物が汚れていたり、切り裂かれていたりする事もあります。犯人がわからないことが多いのがやっかいでもあります。複数犯の場合もあります。

よっつめは集団でのつるし上げ。失敗をはやし立てたり、明らかに仲間はずれにしたり。集団での無視も入るでしょうかね。集団でやっていると、加害意識が薄くなりますし、やめれば自分がいじめられるという恐怖もあって、エスカレートしやすいです。
見ているだけ、もここに含まれます。「黙認」もいじめに荷担しているのです。被害者にとっては、味方ではないという点で、黙認も加害者も同じですから。

最近のいじめは加害者・被害者が入れ替わってしまったり、集団化・陰湿化して表に出てきづらくなっていたり、エスカレートしやすくなっていたりするそうです。
加害意識のないまま苛めていたりする人も多いんじゃないでしょうか。


解決のために重要なのは、お互いがお互いの心情を理解することです。
「どうしていじめたのか」「いじめられてどう思ったか」それを理解させることが大事です。
特に、加害者側に「被害者になったら」を想像させることが大事と思います。

最近の人間は、想像力に欠如しているものが多いと思います。
「自分がされて嫌なことは相手にもしない」。
幼稚園の時に言われますよね?
それが中学校でも高校でも、あまつさえ大人になっても実行できない人間がなんと多いことでしょうか!
想像力というのは今のところ人間以外には確認されていない希有な能力です。
それをきちんと使えないのでは赤ら顔の日光の山の住人と同じですよ。


もう一度聞きます。

あなたは、いじめたことがありますか?


NOと答えた方は、問2でなんと答えたでしょうか。
いじめに出逢っていない人というのも中々に少ないのではないでしょうか?
いじめに出逢って、それに「やめろ」と言えた人はもっともっと少ないでしょう。
「知らんぷり」は「いじめ」ですよ?

自分はあります。いじめられたこともいじめたことも。
本当に嫌なものです。やられればしんどいしその記憶はずっと残る傷になる。やったことも心の中でずっしりと重たい石になっている。
あれがなければ今の自分は無い、というくらい自分の人格形成に関わっている出来事ですが、それと同時に自分の人生の中でもっとも消したい過去でもあります。

でもこの後悔があれば、自分はもういじめをせずに済むんじゃないかと思います。
敏感になることが出来ますから。
教員になっても、気をつけて見付けることが出来るんじゃないかと思います。そうしようと思います。というかそうします。



最後に、もう一度。

あなたは、誰かをいじめてしまったことが、ありますか?
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コメント

こんにちは、裕さん。
今朝も、番組で取り上げていましたね。
一言では語れないから・・・その内、私も自分のページで取り上げてみようと思いますが。

ただちょっと気になるのは、定義だとか数字だとかにこだわり過ぎているような気がしています。
誰にだって、いじめたり、いじめられたりしたことはあるはず・・自分にも、自分の子にも、お隣の子にもあることなのだという気持ちで向き合った方がいいような気がするのです。
でも・・難しいですよね。最近は、いじめではなく、犯罪がいじめと呼ばれている・・だから定義付けとか数字が必要になるのかな・・。
それに、そういうことで番組で取り上げ、皆で考えるきっかけにすることには意味がありますものね。

  • 2007/11/16(金) 16:32:06 |
  • URL |
  • クローバー #-
  • [編集]

すみません・・長くなったのに肝心なこと。
問1も問2もYESです。。

  • 2007/11/16(金) 16:33:31 |
  • URL |
  • クローバー #-
  • [編集]

>クローバーさん
答えて下さってありがとう御座います。
問1も問2もNOの人は、今のご時世ほぼいないんじゃないかと思います。
それはとても、寂しくて情けないことですが。

定義付けが必要なのは、抽象的すぎると「それはいじめだ」と言えないからではないかと思います。
巫山戯ているだけとか、そんなつもり無かったとか、そういう言い逃れが出来ないようにしないといけないから。
そう思っている人に、それはいじめだと認識させないといけないから。
そのためには、定義付けはやっぱり必要です。

数字は、実際に存在しているいじめ件数よりも少ないと思います。
評価を気にして、教師や学校が隠蔽していたり。いじめ自体に気付かなかったりしている場合も多いはずですから。

本当に、情けないことです。

  • 2007/11/19(月) 21:16:40 |
  • URL |
  • 裕 #-
  • [編集]

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